【南海のオラフ日記とは⁉️】
2019年6月1日〜7月28日の約2ヶ月間、
埼玉県出身の宮田莉奈さん(24)は
第88期生 異文化交流生として
兄貴邸に滞在しておりました。
どんなことをして過ごし、
兄貴と一緒に過ごす中で何を学んだのか❓
ありのままを書き起こしてくれている記事を
1話〜10話まで一挙にシェアさせて頂きMAX(^^)
兄貴にお会いした事のある方もない方も
莉奈ちゃんの目を通して
より伝われば幸いです😊🙏🏻
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⭐️第1️⃣話⭐️
〈異文化交流生に応募したキッカケ〉
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まずは、簡単に私の自己紹介をさせていただきます!
1995年6月23日生まれ、蟹座、B型の
宮田莉奈です。
兄貴にアナ雪のオラフに似ていると言われてから「南海のオラフ りな和僑」と名乗らせていただいています🥕笑
私の小学生の頃からの夢は、パリコレのファッションデザイナーでした👗✨
※今でもお花のワンピース専門店を作りたいとう夢を持っています🌼
高校卒業後はファッションの専門学校に行くものの、成績が良くなかったので、夢を叶える方法を知るべく、自己啓発本を読み漁りました。
ある日、本に挟まっていたチラシを見て、セミナーに参加しました。
その後、人誘われたセミナーには参加するようになり、いろいろと勉強する中で「自分がやりたいことはファッションではない」と悟り、両親に泣きながら土下座して、専門学校を退学しました。
まずはお金を稼ぐため、平日は掛け持ちでアルバイトをして、土日はセミナーに参加する生活をしました。
来るもの拒まずセミナーに参加したところ、半年で500万円の借金をしました。
その後、ご縁あってセミナー会社に拾われ、
営業、マーケティング、司会、講師等、様々な仕事に携わらせていただき、借金を完済しました。
セミナー会社退職して、一般企業で正社員をしていましたが、5月に退職して、異文化交流生として、兄貴のところへ行きました。
兄貴のことは、セミナーで知り合った知人から本を紹介されて、4年前から知っていました。
ずっと会いたいと思っていたものの、旅費を貯めることがなかなかできずにいました。
ある日、Facebookを見ていたときに、
異文化交流生募集の記事を見て、衝撃を受けました!
「兄貴のところに2ヶ月も滞在できる!しかも、無料!!!!」
兄貴の近くにいさせていただくだけでも、最低数百万円はお支払いしないといけない気がするのですが、渡航費、住居、食事も出していただけるという素晴らしすぎる企画に全然理解しきれませんでした。
こんなチャンスは二度とない!!と思い、急いで応募しました。
無事、異文化交流生のして行けることが決まったときは、兄貴のファンである両親と共に飛び上がって喜びました!
「何が何でも兄貴の生き方、在り方、考え方を吸収し、より良い人間となるぞ!」という思いで、いっぱいでした。
兄貴のところへ行く直前の有給休暇では、兄貴の本を読み、質問を考え、料理をして、インドネシア語のCDを聴いたりして、有意義な2ヶ月を過ごせるよう準備をしました。
※この準備が全然甘かったことに後に気づかされます泣
さぁ、いざ出発!
初めての1人で海外へ長期滞在、かつ念願の兄貴にお会いできることに期待と不安が激しく押し寄せ、ずっと落ち着くことはありませんでした。
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⭐️第2️⃣話⭐️
〈兄貴とご対面〉
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いつも飛行機に乗るときは映画を観ることが多いのですが、今回は日本で読み終わらなかった兄貴の本を読むのと兄貴への質問を考えるので、必死でした。
気がつけば、日本から7時間半のフライトはあっという間に終わっていました✈️
まずは、荷物を受け取り!
なんと、2番目に出てきて、ここはスムーズ✌️
次に、不安を抱えながら初めてのビザの手続きへ!
VOA (Visa On Arrival)の小さなボックスに座っているお兄さんにお金を払ってビザを購入。
それから、VOA (Visa On Arrival)カウンターの列へ行き、紫色のシールをパスポートに貼ってもらい、なんとかビザが取得しました✌️
※全然難しくないので、ご安心ください✨
そこで、受付のお兄さんに「どこに行くの?」と聞かれたので、「日本人の兄貴のところ!知ってる?」と言ったら、「もちろん知ってるよ!」と言われました。
このとき「やっぱり、兄貴は有名人だな…。」と改めて実感しました。
それと同時に「そんな有名な兄貴に私は本当に会えるのだろうか?きっとお忙しいから、異文化交流生が話す機会はあんまりないかなー。」なんてことを考えていました。
私が空港から向かった先は、西部にあるムンジャンガンジャングルリゾートというホテルでした。
ドライバーのマデさんに空港から約4時間、ホテルのロビーまで送っていただいた後、私は窓のない二階建ての車に乗り、真っ暗の山道をまあまあ揺られながら、登って行きました。
「か、か、完全に怖い…😭😭😭」
「こんな山奥に本当に兄貴はいるのだろうか?修行とかするのかな?」
全く様子がわからないまま、
気がつけば到着しました。
「ん??大きな家??」
オレンジ色のあたたかいランプに照らされたウッド調の立派な建物は、山奥の別荘という雰囲気でした。
スタッフの方が「マルさん、リビング!」と言って、ドアの前まで案内してくれました。
さぁ、いよいよ…
ガチャ。
「こんばんは…!」
わ!!本物の兄貴だ!すご!
本当に上半身裸だ!!本当にあぐらかいてる!わー!タバコ吸ってるわー!! !
もう目の前に兄貴がいることが、びっくり!という感じでした😲✨✨
うわぁー、そして3人の美女がいました😮ま、眩しい…✨
この瞬間、もう私の頭は完全に真っ白、緊張マックス、落ち着かないこの気持ちをどうしていいのか、全くわかりませんでした。
部屋に入ると、うちの2倍はあるテレビ、モダンなふかふかソファ、シンプルでスタイリッシュなキッチン、三角屋根の高い天井…。
視界に入るものが全て豪華でした。
そして、元気な洋楽が響き渡っていました。
「おう!よう来たな!ご苦労さん。ここ座りー。」
「あ、は、はい…。」
おー、遂に私は兄貴に声をかけていただいたのか…😆!!!
深夜12:00過ぎ、この大自然溢れるおしゃれな空間に兄貴と美女3人と一緒にいることがもう違和感でしかありませんでした。
この3人の美女は、秘書のひろさんとゲストリレーションのまなみさんと異文化交流生のひなのさんです。
「どこから来たん?簡単に自己紹介してやー。」
完全に調子がおかしくなっている自分を振り絞って、、、
「えっとー、名前は宮田莉奈です…。」
どんなことを話したのかは覚えていないけど、恐らくまともなことは言えていなかっただろう…。
次に「何か、質問あるかー?」と聞かれました。
あー、いっぱいある!ある!!!
ヤバいー、完全に全部吹っ飛んだー😫
焦る私は、必死に質問メモを見て、
兄貴へ質問をしました。
※兄貴にお会いするときは、事前に質問を準備しておくことがオススメです⭐️
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⭐️第3️⃣話⭐️
〈初めての兄貴への質問〉
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私はファッションデザイナーになる夢を叶えるべく、小学校5年生のときに初めて「夢をかなえるゾウ」を読み、それ以降、自己啓発本を読み漁りました。
19歳のときに初めてセミナーに参加してから、そこそこお金を使ったので、たくさんのことを学んだのだと思います。
ただ、自分が学んだことをどれだけ実践できているのか、と言われると大してできていないし、やりたいことはいろいろとあるけれど、どうしていいのかは全くわかりませんでした。
兄貴へ質問したいことは盛りだくさん!!
スマホのメモを開いて見ているのに
質問が全然頭に入って来ず、
とりあえず、簡単にできる質問をしました。
今まで、有名なコンサルタントや億万長者と言われる人を何人か見てきましたが、個別にお話するのに5分で10万円なんて、よくある話で、1時間で1億円のコーチなんかもいました。
そんな中、兄貴は無料でこの瞬間は、私のために貴重な時間を割いてくださっていることが、本当に信じられませんでした。
深夜2:00頃、相変わらず上半身裸の兄貴は、
あぐらをかき、タバコをふかして、真剣に私の質問に耳を傾けてくれました。
Q,「幸せ」って何ですか?
A,「幸せ」とは、日々、毎日自分で身につけてかかるものや。例えば、できなかったことができるようになる、お日様が登っていることとか、些細なことを見つけてかかることで、幸せになる。決して、誰かに与えられるものではない。勘違いするなよ。
Q,物質的豊かさと心の豊かさは比例しなのでしょうか?
A,お前、豊かの意味を履き違えてないか?日本はど貧困や。パナソニック買えるのは豊かじゃない。バリはバナナの皮1つで生きている。困っていたら周りの人が助けてくれる。日本でお金なかったら、生きていけるか?バリだったら、生きていけるで。これが本当の豊かさだと思わへんか?
Q,30年後にIQ10,000のAIができると言われています。私たちは、どのように仕事のスキルアップをしたらいいのでしょうか?
A,AIにないのは、何や?感情と問題解決する力や。人を楽しませる仕事、人の悩みを解決する仕事はなくならないと思わへんか?
Q,お金を使うときは、何を大切にして使っていますか?会社に給料前借りしてでも、人にごはんを奢った方が良いと本に書いてありましたが、それはお金を使う優先順位第一位が「人にごはんを奢る」ということでしょうか?
A,頑張っている人、将来性のある人に奢るんや。頑張ってないやつに奢っても仕方ない。車や家も人が使うから買うやで。自分本位で物は買わないなぁ。とにかく、人のためにお金を使うんやで。
Q,兄貴の目標は何ですか?
A,ないなぁ。目の前にぶち当たることのみや。
Q,兄貴が大切にしている習慣はありますか?
A,常に人に合わせること。自分が大切にしている習慣はないんや。よく人を見て、自分の興味ないことに興味を持って話を聞くのが大切なんやで。
今まで、いろいろなセミナーで学んできたことは全然違う回答の数々に、ただびっくりしていました。
それと同時に、兄貴の思考、価値観、物事の捉え方、在り方を完全に吸収することができれば、どこでもやっていけるだろうと思いました。
慣れない環境で緊張マックス、部屋に戻った時には一気に眠気が‥‥
やっとの思いでシャワー浴び、
人生初のお姫様ベッドを味わう余裕もなく〜夢の中へ〜
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⭐️第4️⃣話⭐️
〈兄貴の運転する車に乗る〉
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午前10時30分
ピピピピー、ピピピピー。
鳥のさえずりで目覚めた朝。
なんて贅沢な朝なんだろう。
ベランダに出てみる。
見渡す限りの大自然が飛び込んできた。
どこまでも広がるキラキラキラ輝く海。
雄大で穏やかな山々。
そしてこの風。
全身を包み込み心を浄化してくれるような心地よい風。
気持ちいい〜〜〜‼️
この絶景と大自然を独り占めしていることが、とても贅沢で優雅なひとときでした😊
お昼にホテルを出て、兄貴の運転で、私たちはお昼ごはんへ向かいました🚘
あ、兄貴に車を運転していただけるとは…!!
大富豪なので、てっきり専属運転手さんがいるのかと思っていました。
兄貴は移動中の車の中でも、
たくさんの質問に答えてくださりました。
Q,物事の本質の見抜くことができますか?
A,友だちにたくさんの意見を聞くんや。迷うのが人生やで。例えば、多くの人がAの方が良いと言って、1人だけBが良いと言ったとしても、Bの方が心に響いたなら、Bを採用するんやで。
Q,人の愚痴、批判、中傷等の話を聞くことが嫌いです。どうすればいいでしょうか?
A,そんなんほっとけ。無視すればいいんで。
Q,会社の飲み会が好きではありません。特に飲むことを強要されることや悪口を聞かせられるのが嫌です。どうすればいいでしょうか?
A,行かなくていい。悪口ばっかりじゃないですか!と言って断ればいいんや。
Q,どんなことを言ってもネガティブな人はどうすればいいのでしょうか?
A,そんなのほっとけ。俺だったら変えられるけど、実力ないうちは、ほっとかないと影響されてまうぞ。
Q,兄貴が人生で大切にしているものは何ですか?
A,お金で買えないものや。人は買えないよな、時間も買えないやろ、土地かて買いたい思おたら買える訳ではないよなぁ。そういうお金で買えないものを大切にすることで人生豊かになるんやで。
「お前な、質問する人の立場に立って、質問してるか?ただ、質問するんやなくて、自分の考えを伝えてから、質問するんやで。」
「は、はい…。すいません。」
私はそのとき、全然自分の考えがわからず、急に質問ができなくなりました。
「今日の昼飯は、パドゥドゥのバビグリンや!」
「バビグリンって何ですか?」
「豚の丸焼きや!超うまいぞ!」
え?豚の丸焼き??北京ダックのノリかな?
豚さんがまるっと出てくるのかな?
「豚の丸焼き」というイメージにややビビりながら、どんなが出てきても気合いで食べようと意志を固めてました。
まず、お店に到着して最初に出てきたのは、
みかん水(エスジュル)でした🍊
※「エス」が「冷たい、氷」という意味です。
すっごく甘くて美味しいー‼️
兄貴も甘いものを摂取するんだー😲と思いました! ※甘い物とは無縁のイメージでした笑
そして、いよいよバビグリンの登場✨
良かったー。。。
豚がいろいろな形で調理されていたものがお皿に載っていました。
「お前、辛いの大丈夫か?」
「はい!大丈夫です!好きです🙆♀️」
「いただきますー!」パクっ。
ん?か、から〜い😭😭😭
私は辛い食べ物は好きで、日本では余裕で食べていたのですが、バビグリンの辛さは日本の辛さとはちょっと違うので、ビビりました。
※初めてバビグリンを召し上がる際はお気を付けてくださいm(_ _)m
唐辛子を避けて食べると辛さが半減します。
「お前、辛いんやろー。」
「は、はい…。」
兄貴は完全にお見通しでした😅笑
ごはんを食べ終え、いよいよ兄貴邸へ!
道中、車窓からの景色は、透き通るような青い空と、南国を感じさせるヤシの木々の連続。
やっぱりバリは爽やかーーマックス‼️
兄貴へ質問したいことはたくさんあるのに
自分が考えた質問に対する自分の考えが浮かんで来なくて、ただただ移りゆく景色を眺めていました。
なんか、言わなきゃ!と思うほど、
全然何も出てきませんでした。
せっかく兄貴に質問できるチャンスなのに
時間がどんどん過ぎていくことにただ自分の無力感を感じていました。
ここで最初の大失態…。
車に酔って、嘔吐🤮泣泣
完全に酔い止め飲み忘れたー😭
あのときは、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでしたm(_ _)m
自分の不甲斐なさに更に落ち込みました。
あー、私、2ヶ月もやっていけるのかなー。
漫然と不安ばかりが募っていきました。
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⭐️第5️⃣話⭐️
〈初めての兄貴邸〉
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遂に到着。兄貴がクラクションを鳴らすと扉が開き、車は中へ入っていきました🚘
門を潜って玄関へ向かったとき、目の前に大豪邸がそびえ立っていました。
こ、これは家なのだろうか???
完全にお城だよな…?
日本では小さなマンションで家族3人仲良く暮らしている私には、とても理解し難い広さでした。
可愛い犬たちが駆け寄って、スタッフがお出迎えしてくれました🐶✨
凄すぎる…!!!
全てのものが、で、でかい!!!
ひなのさんにお部屋を案内していただき、ました。
ほほー、玄関から階段を登って、猫ちゃんのいるお部屋を通り、立派な応接間を通り、別棟へ。 応接間からは、立派なプールと海が見えました。
このプールでか‼️
小学校のプールより大きい‼️
まじか!オーシャンビューってやつか🏖!
す、凄すぎる…。
立派な黒いソファを横目に更に奥に進むと私たちの滞在するお部屋がありました。
お部屋にはベッドが2つあり、そこでひなのさんと一緒に生活しました。
ひなのさんには、兄貴邸での過ごし方やゲストが来たときの対応等について、何から何まで丁寧に優しく、教えていただきました。
その後、現地スタッフのみんなに挨拶をして、兄貴邸を案内していただきました。
※この後、兄貴邸が広すぎて何度か迷子になりました笑
ひなのさんは、床に落ちているゴミをさっと拾ったり、ゲストの飲み物が減っていることにすぐに気づいて聞いたり等、気配り、心配りが完璧で、テキパキと爽やかに行動されていました。
私はただそのスピード感についていくことができず、ただぼーっと見ていました。
ゲストのみなさんが帰られて後、私たちはジャグジーで映画観賞🎬
こんな豪華でおしゃれなジャグジーが世の中に存在するとは!!!
真ん中に立派なヤシの木🌴がそびえ立ち、30人は入れる大きなジャグジーは、どこの家やホテルよりも立派でした✨
温かいジャグジーに入ると、急にリラックスしてしまい、何度も一瞬意識が飛びました。
ジャグジーで映画が終わった後、兄貴が口を開きました。
「お前はこの映画が終わるまでの2時間何をしていたんだ?」
……。
「ただ2時間、映画をボーッと観てただけだよな?」
「は、はい…。」
「異文化交流生として過ごす、この2ヶ月は長いようで短いんや。ボーッとしていたら、それで終わってまう。この映画の間、ひなのは何回ビールを変えてくれたか、わかるか?お前は一回も変えてないやないか。」
「はい…。」
「お前、今まで、どのくらい大人から怒られたことあるんや?」
「…。ほとんどないですね…。」
「ないなぁ。わかるわー。親も親戚も会社の上司かて、みんなお前に嫌われたくないんや。だから、何も言わへん。ただな、俺はお前から嫌われても良い人なんや。お前から嫌われようがかまへん。俺は、正直やで。遠回しに何か言うとかできない人なんや。だから、人気あるんやで。」
「ひなの見てみぃ。バッキバキや。お前どうや。ボーッとしてるだけやないか。」
「はい…。すいません。私はどのようなことをもっと意識して、行動すれば良いのでしょうか?」
「自分を薄くするんや。無我夢中で行動するんやで。要は自分が無い状態や。バッキバキに人のためになろうとする意識を持って、行動してみぃ。」
「はい。わかりました。ありがとうございます。」
「今日はもう寝や。死んでまうぞ。」
「はい。お先に失礼します。お休みなさい。」
何にもできない不甲斐なさ、慣れない夜型の生活、自分の未熟さにただ残念な気持ちしか湧いてきませんでした。
ひなのさんの帰国日まであと3日。
本当にひなのさんのような気配りが出来るようになるのだろか‥‥
不安を抱えながら眠りにつきました。
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⭐️第6️⃣話⭐️
〈兄貴邸での1日〉
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お昼頃に起床しました。
携帯のアラームを必死に消し、眠い目を擦りながら、緊張と不安を感じつつ、身支度をしました。
今日も1日頑張ろうー!と。
今日は、初めて丸一日を兄貴邸で過ごします。
最低限やることはあるのですが、基本的に兄貴邸でどのように過ごすのかは特に決まっていないので、自分で決めて行動します。
異文化交流生の目的は2つあり、
1つ目は「バリの親日を深める」ということ、2つ目は「良いお母さんになる」ということです。
現地スタッフと一緒に料理や掃除などをすることで、親日を深め、良いお母さんを目指します。
私は今まで、大して家事を一生懸命やってたことがありませんでした。
家事をする能力を高めるくらいなら、仕事の能力を高める方が大事だと思っていました。
私は基本的にかなり大雑把で、人に対して気遣いや心遣いをしようと意識するよりかは、自分がいつもご機嫌で幸せであることを大切に生きてきました。
よく母にも1つ1つの行動が効率が悪いと言われていましたが、特に問題点だとは思ったことはなく、自由気ままに過ごしていました。
基本的にやることを終え、ひなのさんは机の汚れや床の汚れに次々と気がつき、掃除の仕方を教えてくださいました。
よく、そんなところに気がつくなぁー。
私はただただ関心するばかりでした。
夕方ごろ、兄貴はすたすたすたーっと階段を降りてきました。
私は思わず「おおー!!」と
言ってしまいました。
「お前、なんや。おおーって。」
「あぁ、すいません。」
兄貴と同じ空間にいることがまだ信じられず、思わず驚いてしまいました。
それから夕食の準備が始まり、
兄貴が食器棚を覗いていました。
「おい、食器棚の皿バラバラだから、整理しておけよ。」
「は、はい!!!」
初めて兄貴から指示いただいたので、
早くやらなきゃ!という思いで整理整頓をしました。
夕食中、兄貴から
「お前、食べ物や作ってくれた人に対する感謝がないなぁー。うまい!とかなんか、なんかないのか?もし、お前がお母さんになったとき、無言で食べられるのと、うまい!うまい!って言って食べてもらうのどっちが嬉しいか?」
「うまいって言って食べてもらう方です。」
「そうだよなぁ。じゃあ、お前もやらんとだよなぁ。」
「は、はい。すいません。」
完全に緊張しまくりの私は、とってもとってもとっても美味しいごはんを食べているにもかかわらず、美味しい!とも言わず、ただ無言で食べていました。
日本で友だちと一緒に過ごすときは、オーバーリアクション!といつも突っ込まれる私が、美味しい!の一言で注意されるなんて、
とても情けなかったです。
ゲストの方が帰られた後に、
兄貴へ質問をする機会がありました。
「どうや、今日一日過ごしてみて。」
「まだ慣れない感じで、いろいろなことが全然できていないです。ひなのさんは、細かいところにすぐに気づき行動されていて本当に凄いです。」
「ひなの凄いよなぁー。掃除もバッキバキやし。俺な、ひなのにはあんまり何も言うてないんや。何でか、わかるか?」
「できているからですか?」
「そうや。ひなのは最初からバッキバキにできていたんや。この若さで凄いよなぁ。」
「はい。本当に凄いです。私が全然気がつけなかった汚れている場所とかにもすぐに気がつき、掃除されてるので、本当に凄いなです。私はひなのさんのように気づき、行動できていないのですが、どうすればいいのでしょうか?」
「そうやなぁ。まず「ついで」を意識して行動するんや。1つのことを言われたら、そのことだけをするんやなて、2つ、3つのことをできるようにするんや。要は言われてないこともやるんやで。ついでを意識して行動することによって、短い時間で済むと思わへんか?」
「なるほどー。そうですね!」
「ひなのは、言われていないこともバッキバキにやるやろ?お前はどうや?」
「まだ言われたことしか、できていません。」
「そうやんなぁ。あのな、言われたことをやるやろ。それをやっている間に頭では次の作業をするんやで。そうすることによって、すぐに次の行動に移れるやろ。これで時間短縮や。」
「なるほどー。わかりました!」
「あのな、あと気づけんうちは、まだまだベクトルが自分に向いているやで。もっとベクトルを相手に向けるてみぃ。そうすることで、気づけてくるはずや。」
「はい。わかりました。意識します!」
兄貴は全然何もできない私に嫌な顔1つせず、異文化交流生としての過ごし方を教えてくださいました。
ひなのさんの帰国まで、あと2日。
明日は今日教えていただいた「ついで」と「相手にベクトルを向ける」をもっと意識して行動して、ひなのさんの素晴らしいところをしっかり吸収しようと思いました。
ジャグジーに入り、部屋に戻戻った後は、
今日教えていただいたことを必死にメモ。
ベッドに入った瞬間にスコーンと爆睡してしまいました🛏😴💤
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⭐️第7️⃣話⭐️
〈またもや失態〉
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異文化交流生4日目。
ひなのさんと丸一日過ごせる最後の日。
朝から今まで教えていただいたことのメモをしっかり確認しつつ、わからないことは質問して、ひなのさんが帰国した後も、ひなのさんのようにバッキバキに行動できるよう必死のパッチでした。
なんとなく、1日の流れは理解できたものの、
まだまだ確認したいことは盛りだくさん!
スタッフの名前、犬の名前などの確認や、気配り、目配り、心配りについてなど、とにかく質問攻めさせていただきましたm(_ _)m✨
昨日、兄貴から言っていただいた
「ついで」と「相手にベクトルを向ける」を意識して行動しました。
まだまだ慣れず、どこかまだ緊張してる私は、何をするにも怖気付いていたと思います。
そんなとき…
お盆でドリンクを運んでいたら、
ガッシャーン!!!
スリッパのつま先に躓いて、
ドリンクを全てこぼしてしまいました。
あぁぁー、やっちゃったー。
まなみさんやひなのさんが、
嫌な顔1つせず、片付けを手伝ってださいました。
片付け終わったときに
「兄貴、先ほどはグラス割ってしまって、すいませんでしたm(_ _)m」
「お前、まあまあ鈍臭いなぁ。次から気をつけろよ。」
「はい…。すいません。」
あれ?終わった?
もっと怒られるのかと思った…。
次から気をつけようと!
今日もまた兄貴へ質問する機会がありました。
Q,より良い人になれるよう、成長するためには、どうすれば良いでしょうか?
A,縦社会に身を置くことやなぁ。お前なんか、横社会ばっかやろ?同級生ばっかりと連んでいたって、成長なんかないんやで。持つべきは先生やなくて、怒ってくれる厳しい先輩なんやで。本物を見抜いて実践することが大切なんや。例えば、先輩に厳しい会社を紹介してもらうのとか、いいんちゃう?
Q,お金とは何でしょうか?
A,稼ぐものや。みんな、貯めるとか言う人が多いけど、稼ぎまくっていたら、貯める必要なんかないんやで。
Q,何度も同じ質問をする人がいますが、それはどうしてなのでしょうか?
A,それは、未熟で理解ができないか、自分の中に答えがあって、それを言ってもらいたい人のどちらかや。
Q,やりたことが見つからないから、大学へ行くのは、良くないことなのでしょうか?
A,そもそも鈍臭いよなぁ。中学生や高校生のうちにやりたい方向性くらい見つけとけと思うよ。
Q,兄貴は何か運動とかしますか?
A,運動はしないなぁ。細い人がガンになったりするやん?俺なんて、血糖値で生きてるで!バッキバキ健康やで!お前より健康かもしれないな!!
Q,今の日本の子どもへの教育は、良くないと感じています。私の地元の子どもは、公園でゲームばかりしていますし、将来の夢は「ゲームをずっとできたらいい」とか「サラリーマン」とかです。どのようにして、子どもに良い教育をすれば良いのでしょうか?
A,あのなぁ。そもそも子どもの教育をする前に親が全然ダメなんや。親が変わらないと子どもを変えることはできないんや。
Q,では、どうしたら良い親になれるのでしょうか?兄貴のところへ連れて来るとかるですか?
A,俺のところに連れてきたら、俺がバッキバキに指導したるで。それは、アカーン!とか、パッコーン言うたるわ。
Q,兄貴のところへ連れて来る以外に良い親になれる方法はありますか?
A,良い先輩を持つことやろなぁ。良い先輩に「こないなときは、どうすればいいですか?」とか聞けたらええよな。ただ、今は良い先輩も減ってきてるからなぁ。
Q,つまり、良い先輩がいない人は、兄貴のところでバッキバキに指導してもらったら、良い親になれるってことですよね?そしたら、日本良くなりますよね!
A,そうやなぁ。そしたら、日本良くなるやろなぁ。お前、バッキバキに連れて来いよ!
Q,私、まだまだ至らないところばかりなのですが、どうすれば良いのでしょうか?
A,まずな、ボーッとする時間を減らすんやで。そんで、チャキチャキ動くんや。お前、ボーッとしてるし、おどおどしてるで。何でかわかるか?自信がない証拠や。できないことが恥だと自覚しているからなんやで。できないことをできるようにするのが人生なんや。お前、ネギ切れないよなぁ?ネギも切れない人なんか、嫁もらっでもらえないぞ。向こうのお母さんに離婚させられるわ。そんでな、感覚を鋭くするやで。気づきまくって、気づきの鬼になるんや。そしたら、天下取れるで。バッキバキに行けよ!
こんなにダメなところばっかり言われるなんて、人生で初めて…
私の成長を願って言ってもらえてるから、真摯に受け止めて明日から、また頑張ろうっと!
やっと夜型生活に慣れてきたかなと思いつつ、気がつけば、ベッドで爆睡していました😆💤💤💤
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⭐️第8️⃣話⭐️
〈ひなのさん帰国〉
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異文化交流生5日目。
あっという間にひなのさんの帰国の日となりました。
午後2:00、悲しむみんなに見送られながら、ひなのさんは兄貴邸を出て行ってしまいました🚗
寂しさと不安が襲う〜
でも、感傷に浸ってはいられない。
異文化交流生は私一人。改めてバッキバキにやろうと決心しました。
とにかく、いろいろなことに気がつけないので、もう何度も心の中で「ついで、ついで!」と唱えながら、汚れているところを見つけたら掃除🧹して、いろいろなことに意識を向けました。
やることはちゃんとやれているのか、他にできることはないのか、もっと効率的にできないのか、次に何をするのか、とにかく言われたことをしっかり実践することに必死のパッチでした!!
そんな中、兄貴の行動からは、日々感銘を受けて、学ばせていただいていました。
トイレの中でもメッセージの返信をしたり、歩いているときに凄く小さなゴミに気づかれてさっと拾ったり、額縁がちょっとズレているのを直したり、犬の目やにを取ったり…。
気がつくのも速ければ、動きも速く、まさに1分1秒も無駄がないという感じでした。
そもそも、兄貴と私では生きているスピードが全然違うんだな…。
もっと素早く行動できるようにならないと!
時間が過ぎ去るのがとても早く、
気がつけばあっという間に深夜になっていました。
その日の夜も、兄貴に質問ができました😊✨
Q,ディスコで働かれていたときにどうして兄貴のお店は、売上が高かったのですか?
A,お客さんをみんな友だちにしたからやで。友だちやったら、お店来てくれへんか?って頼めるやろ?お客さんでは言えへんよなぁ。だから、常に予約で満席やったんやで。
Q,起業して、失敗する人が多いと思うのですが、それはどうしてでしょうか?
A,あのな、起業したいで起業するから失敗するんやで。起業というのはな、周りから嘆願されてするもんやで。起業は手段や。会社作るタイミングもな、必要に迫られるまでは作らなくてええと思うよ。個人事業主でやって、どうしても会社にしなならんときに作ったらええわ。
Q,どうして兄貴は目標設定をしないのでしょうか?
A,あのなぁ。目標設定なんかしている暇があったら、急いでやった方がええと思うよ。目標設定しているから遅いんや。本当は目標設定したよりも、もっと早く達成するかもしれへんのに、目標設定しているがために達成が遅くなっている場合があるんや。大切なのは、目的をもっと早く達成することやで。
今日もみんなで映画鑑賞をしながら、ジャグジーに入りました。
ゲストのみなさんがヴィラに戻られた後、
兄貴はこう言ってくださいました。
「お前、やるやん。掃除バッキバキやん。もっとボンクラかと思ってたわ。その調子で、明日もバッキバキにいけよ!」
あれ?今、私、褒められた??
「あ、ありがとうございます!明日もバッキバキに頑張ります!」
あぁーーー😭😭😭😭😭
兄貴に褒められたー😭💕
このとき、ずっと不安と緊張の中にいた私は、すっーと解放された感じでした。
本当に本当に嬉しかったです✨
もっと頑張ろう!もっと気づいて行動できるようになろう!と改めて感じた瞬間でした‼️
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⭐️第9️⃣話⭐️
〈掃除の失態〉
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異文化交流生10日目。
ようやく、メモを見ずともいろいろなことができるようになってきました。
日々、可愛い動物たちに癒されながら、
とにかく必死のパッチで掃除マックスでした🧹✨
トイレの洗面台に汚れがあったので、
クレンザーを使って掃除しました。
…。全然落ちないなぁー。
次に漂白剤を使って掃除しました。
んー、ダメかぁー。
最後の手段で、ゲキ落ちくんで擦りました。
やっぱり、ダメかぁー。
それでもダメだったので、金だわしで擦りました。
あれ?なんか、どんどん黒くなってく…!
でも、擦ったら薄くなっていってる!
汚れが落ちていることに嬉しくなった私は、
ノリノリで擦り続けました✨
しかし、完全には綺麗にならなかったのですが、とりあえず掃除が終わったことを連絡しました。
夕食のとき兄貴から、
「りな、洗面台は何で掃除したんだ?」
「クレンザー、漂白剤、ゲキ落ちくん、最後は金だわしです!」
「あー、ダメかもなぁ。ひろ、後でちょっと見てこい。」
あれ?私、やらかしたのか?
夕食後、ひろさんが洗面台を確認したところ、交換しなければならないことが判明!!!
私は洗面台を削って傷をつけてしまっていました。
あぁーーーーーー。
やっちまったぁー😭😭😭
「兄貴、洗面台を交換しなければならなくなってしまい、申し訳ございません。」
「ダッサ。掃除するときは、ネットとかでよく調べてからやるんやで。気いつけや。」
「はい。すいませんでした。」
普通だったら、いくらかかると思ってるんだ。こらぁーーー。くらいのことは言われてもおかしくないのですが、兄貴は失敗を責めたりはしませんでした。
その優しさにふっと涙が出そうになりました。
連日、兄貴のところへたくさんの人が来ます。
どんなにたくさんの人が来ても疲れることは一切なく、バッキバキに質問に答えて、面白さマックス、笑顔マックス、テンションマックスでした。
私と兄貴の年齢差は29歳あるはずなのですが、どう見ても兄貴の方が元気でした💪✨
私の方が若いのになぁ…。
その日も、いくつか質問ができました。
Q,日本人は遺伝子がおかしくなっているとのことでしたが、どうしたら改善できると思いますか?
A,国際結婚をして、他の国から良い遺伝子もらったらええんちゃう。あとはやっぱり、健全な食事やろうなぁ。山に行って山菜摘んで食べるとか、無農薬の野菜を食べるとか、食事を変えたら、だいぶ良くなると思うよ。
Q,好きなこととできることでしたら、できることをやった方が良いのでしょうか?一度きりの人生なので、好きなことをやることも大切な気がします。
A,仕事は好きなことではなく、できることをやるんやで。好きなことで稼げるのは、一握りや。できそうなことをやって、稼ぐんや。好きなことは趣味で留めておいて、好きなことで稼げるようになってきたら、やる量を増やしたら、ええんちゃう?
Q,子どもにはいろいろな人生があり、いろいろな選択肢があることを知ってもらうことはとても大切だと思いますが、どう思いますか?
A,まずな、親がおじいちゃんおばあちゃんに近づけることやな。大昔から継承されていたことを教えてもらうんや。ほんで、中学卒業したら、朝から晩まで必死のパッチで働いたらいいで。丁稚奉公することで、周りが一気に大人になるやろ。それで、成長率が爆発や。社会の勉強をするよりも、社会に出た方が早いと思わへんか?英語の勉強するよりも、アメリカに留学した方が早いやろ?そういうことや!
ゲストのみなさんがヴィラに戻られた後、一服している兄貴に聞いてました。
「兄貴、疲れましたか?」
「ん?余裕や。余裕のプーや。」
あぁー、やっぱり…。
私は一瞬白目剥きかけましたとは、とても言えませんでした😅笑笑
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⭐️第🔟話⭐️
〈楽しんで行動する〉
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異文化交流生13日目。
やることにはだいぶ慣れてきましたが、まだまだ不器用で効率良く動くことはできていませんでした。
もう目の前のことに必死のパッチで、時間があっという間に過ぎていきました。
この日の夜、尊敬する大社長の外山さんに
手招きされ、ビリヤード台の方へ行きました。
え、ええ???
なんか、やらかしたかな??
「今、一生懸命でいっぱいいっぱいなんだろ?」
「は、はい…。」
「兄貴にいろいろと言われて、落ち込んでいるんじゃないのか?」
え!ドキっ…!
「はい。私自身が怒られ慣れてないのも問題だと思うのですが、兄貴やひろさん、まなみさん、外山さんのような素晴らしい経営者の方々がたくさんいて、なんか恐縮してしまうんです。」
「それは自分が未熟で、できないことを恥ずかしいと思っているからだよ。」
「はい…。」
「りな、丁寧にやろうとしているんだろ?丁寧にやらなくていいんだよ?」
「え?丁寧にやらなくていいんですか?」
「あのな、りなはもっと楽しんで行動しなてみな。」
はっ…!!!!
「なんか、一生懸命すぎて重いんだよな。それがみんなに伝わってると思う。いっぱいいっぱいで大変なのはわかるけど、もっと笑顔で楽しんで行動しないと。自分が楽しめないと相手も楽しめないからな。」
う、う、う…😭😭😭
「小さなことに気づいて楽しむんだぞ。今日も花が綺麗だな、バリの空気は爽やかだな、とか小さいことに気づいて楽しんで行動してみな。もっとラクになるから。」
「俺、よくりなの気持ちわかるだろ?プロだからな😆」
「ありがとうございます!頑張ります‼️」
「失敗したら、明るくな、ごめんなさい!次気をつけます!って言ったらいいんだよ。」
「あー。なるほど!ありがとうございます。」
あー。心の氷河が一気にどーっと溶けた感じでした。
この瞬間、一気に心が軽くなりました。
相手にベクトルを向け、人を思いやることがまだまだできていなかったことに気づかされました。
自分がやることを丁寧に完璧にこなすことに必要になって、本当の意味で「どうしたら、目の前の人が喜ぶのか?」ということに全く気がつけていませんでした。
小さな幸せを見つけて感謝する、いつも笑顔でいる、ことを大切にして生きてきたはずですが、本当に目の前のことに必死のパッチすぎて、すっかり忘れていました。
もっともっと笑顔で!楽しく😆‼️
気合いを入れ直して、キッチンへ戻りました🏠
また今日も質問するチャンスに恵まれました✨
Q,営業でお客さんを見つけるためには、どうしたら良いですか?
A,真の営業はな、自分の親や自分の友だちから行くねん。みんな、他行ってまうやろう。それがあかんと思うねんな。まずは身内や。
Q,兄貴がビジネスをやるときにどのようにして戦略を立てたりするのでしょうか?
A,専門家に振りまくるねん。マーケティングなら、その道でずっとやってきたプロがいるやろ?そいつに振るねん。俺は、考えてないで。
Q,兄貴はメッセージの返信がすごく速いですが、何か秘訣とかありますか?
A,見た瞬間に全部返信することやな。溜めたらあかんで。その瞬間終いや。
兄貴はジャグジーで映画を観ているときでも、ゲストの方から質問があれば、親身になって相談に乗っていました。
常に目の前の人を思い、真剣に生きる姿は、とてもカッコよかったです✨
一歩でも兄貴に近付けるように頑張ろうと密かに心に誓いました😊✨
次回に続く🤗。。。
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⭐️続きは、
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豊富な経験 言い換え 在 張國耀 Chong Kok Yew Photography Facebook 的最佳貼文
策展訊息 :
台北駐日經濟文化代表處台灣文化中心 歲月之旅–張照堂攝影展
歳月の旅–張 照堂写真展 ( 2015 / 9 / 1 – 10 / 30 )
レセプション : 2015 / 9 / 1 (火) 14 : 00 – 15 : 00
特別講演会 : 2015 / 9 / 1 (火) 15 : 00 – 16 : 30
司会 : 菅沼比呂志(ガーディアン・ガーデン/プランニング・ディレクター)
講師 : 瀬戸正人(写真家), 張照堂(写真家 / 台南芸術大学名誉教授), 沈昭良(本展キュレーター / 写真家)
開館時間: 10:00-17:00(土、日曜 & 祝日休館)
会場 : 台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター
〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-1-12 虎ノ門ビル2階
http://jp.taiwan.culture.tw/content_32.html
2013年9月,台北市立美術館為張照堂舉辦了名為「歲月照堂」的大型回顧展,展覽整體採編年式架構,分別為「少年心影」(1959-1961)、「存在告白」(1962-1965)、「裝置 / 塗鴉 / 原作」(1966-1986)、「社會記憶 / 內心風景」(1970-2005)、「數位發聲」(2005-2013)與「歲月容顏」(2005-2013)等六個主題,內容除了放大與輸出的攝影作品400餘件,也包括8部紀錄影片、裝置、拼貼、攝影原作、編輯刊物、繪本、手稿、歷年展出文宣等等,橫跨張照堂過去所涉略的電影、紀錄片、攝影、現代藝術、文學、劇場、出版等領域。
展出期間,除了吸引成千上百各個世代,不同領域的觀眾留連駐足,更引發相關的學術著述與研究討論,展出規模之全面,影響之深遠,可說是國內攝影藝術圈有史以來所僅見。不僅完整呈現張照堂的影像風格與美學品味,更確立其在台灣攝影與跨領域影像發展脈絡上,承先啟後的卓越成就與崇高地位。日本著述家暨愛知三年展總策展人港千尋,即曾在現代美術學報中坦言:「張照堂不只是一位傑出的攝影家,更是每個國家只可能僅會出現一兩位的那種藝術家。」
張照堂,1943年出生於台北縣板橋鎮(現新北市板橋區),父親為執業醫生,兄弟姊妹共七人排行第五,初中三年級時,向大哥借了一台Aires Automat 120相機把玩,卻也因此開啟了他不凡的影像人生。成功高中時期,參加攝影社團受教於鄭桑溪,其後雖進入台灣大學土木工程系就讀,反倒積極參與藝文活動,廣泛閱讀現代、存在主義文學,並開始觀念性的攝影創作。
大學畢業後分發至離島澎湖服役,退伍後的1965年與鄭桑溪共同發表「現代攝影雙人展」,迥異於當時唯美沙龍與社會寫實的現代視覺語言,自然招來當時傳統攝影圈頹廢消極的惡評,但卻也引起美術與文學界的鼓舞與關注。1968年張照堂進入電視台,從事新聞採訪、專題製作與紀錄片拍攝。1974年也曾瀟灑舉辦了「攝影告別展」。其後二十餘年,他全面性參與紀錄片與電影劇情片的拍攝製作,1997年就任國立台南藝術學院(現國立台南藝術大學)音像紀錄研究所教授,傳道授業,提攜後進不遺餘力。1998年籌劃首屆台灣國際紀錄片雙年展。生涯迄今獲頒有金鐘獎、金馬獎、國家文藝獎及象徵最高榮譽的行政院文化獎等重要獎項。
出生及成長在台灣的張照堂,歷經日本殖民、國府統治、黨外運動、解除戒嚴及總統直選等時期,自初中三年級的接觸相機以來,作品從不為針對特定議題的計畫性拍攝,反而幾乎都是工作之餘的隨性抓取,卻也因此定調了獨特的攝影風格,同時據已清晰回應伴隨他的歲月和時代。誠如評論家郭力昕所言:「張照堂成長於一個極度壓抑、苦悶的年代,並且在這樣的時代氛圍裡,走過了他創作的精華歲月。臺灣的這個時代背景,政治空氣是高壓、肅殺的,攝影文化是空白或貧乏的,張照堂的攝影藝術,就在這樣的政治與文化悶局裡,迸出了一個獨醒的、清越的高音。」
張照堂的作品,除了初中時期作品所展露的直觀純粹,大學時期則因喜愛接觸現代文學與藝術,面對當時台灣社會的政治高壓與思想箝制,攝影頓時也成為他抒發內心寂寥與撫慰外在荒蕪的材料,此時期那些塗抹的白臉、頭套塑膠袋和無頭身影的作品,在日後更被視為台灣現代攝影語法轉向的重要實踐。退伍後,進入媒體工作的張照堂,持續透過觀景窗,緊貼著台灣社會的氛圍與脈動,在城市、巷弄、荒郊和鄉野間,大量超現實語境與荒謬劇場式的作品,引人緘默也發人省思。其後,順應數位時代的來臨,張照堂援用了科技的便捷,將其轉化為攝影表現的另類可能,先前曾在「歲月照堂」回顧展中,陳列展示的拼組作品<夢遊-遠行之前>與<台灣-核災之後>兩系列實驗性組作,則是2005年進入數位時代後持續進行的創作類型。
綜合過去對於張照堂作品相關論述與研究的歸納,普遍將其創作風格,定調為抵抗當時台灣所處高壓統治與社會處境的精神性衍生,透過其所獨具的攝影眼,心理的,身體的,尋常的,淡然的,直覺的,進一步提出對於現狀的某種超脫與預知。然而,對照張照堂初中時期所拍攝的「少年心影」系列作品,其中所大量穩定展現,有別於那個年齡世代應有的尋找與凝視,很顯然的,他的成就,應不只是時代的重壓與凝鍊所積累而成,有相當確定的一部分,是那一股自幼在他身體血液裏,早已循環流淌的豐富素質與內斂情感。
此次受邀在台灣文化中心展出的23件作品,主要是挑選張照堂在1970-1990年間所拍攝,聚焦在社會記憶與內心風景,同時也回應本展”歲月”與”行旅”意象的精要式集結,除了作品本身的時間跨度,足跡也行旅式的遍及基隆、台北、桃園、苗栗、新竹、嘉義、屏東、宜蘭、花蓮和澎湖等地。其中,望安島上的少女容顏,阿里山上的日出遠眺,鼻頭角港邊的餘暉小憩,算命看板前的晃動身影,水岸邊的駐足凝望,車廂理的沉睡舒醒…。時而匆忙,時而停歇,時而展望,時而掩面,時而奮起,時而喘息。讓我們在人物近景與環境身影的視覺導引下,橫向與縱向的氛圍轉折中,重返那個蒼茫年代,重新經歷那個靜謐時空,領略張照堂在漫長的歲月行旅中,不斷遺落卻又不斷拾起的無盡視野與動人話語。 文 / 沈昭良
2013年9月、台北市立美術館で、張照堂(ジャン・ジャオタン)の大型回顧展「歳月/照堂」が行われた。展覧会は年代別の構成を取り、「少年の心」(1959-1961)、「存在の告白」(1962-1965)、「インスタレーション / グラフィティ / オリジナルプリント」(1966-1986)、「社会の記憶 / 心象風景」(1970-2005)、「デジタルでの発信」(2005-2013)、および「歳月の表情」(2005-2013)という六つのテーマに沿って、大きく引き延ばされた400点余の写真作品のほか、8本のドキュメンタリー映像作品、インスタレーション、コラージュ、オリジナルプリント、編集に関わった印刷物や絵本、手書き原稿、過去の展覧会のチラシやポスターなどが展示され、これまでに張照堂が関わって来た、映画、ドキュメンタリー映画、写真、現代美術、文学、舞台、出版など様々な領域を横断する展覧会となった。
会期中は、おびただしい数のあらゆる世代の観客だけでなく、様々な領域で活動する数多くの観客が足を運び、ここから学術論文や研究討論が生まれた。展示規模は全面的であり、展覧会が社会に与えた影響は計り知れず、台湾の写真芸術史上においても稀な事件であったと言ってよい。展示は、張照堂の写真スタイルやその美学を完全な形で伝えていたのみならず、台湾の写真や領域横断的な映像の歩みにおいて、張が先人の成し遂げたものをさらに刷新していく卓越した存在であることを強く印象づけた。日本の写真家で愛知トリエンナーレ2016の芸術監督を務める港千尋は、(台北市立美術館発行の学術誌)現代美術学報において、「張照堂は、傑出した写真家というだけでなく、いずれの国にも、ひとりかふたり出て来るか、というような芸術家である。」と述べている。
張照堂は、1943年に台北県板橋鎮(現在の新北市板橋区)に、医者である父のもとに、七人兄弟の五番目として生まれた。中学三年生の時、兄にアイレス・オートマット120というカメラを借りて遊び始めたことが、彼を、後の非凡な映像人としての人生へと導くことになった。成功高校に通っていた頃には、写真サークルに参加して鄭桑溪(ジェン・サンシー)に師事し、その後台湾大学土木工程学部に入学したものの、専門の勉強よりも芸術文化活動にいそしみ、近代文学や存在主義文学を読みあさり、コンセプチュアルな写真制作を行い始めている。
大学を卒業した張照堂は兵役に就き、離島の澎湖に配属された。退役後の1965年には鄭桑溪とともに「現代写真雙人展」を行い、当時の唯美的サロン写真や社会リアリズム的な近代視覚言語とはまったく異なる作品を発表した。当然のことながら、当時の伝統的な写真界においてはデカダンで消極的だという悪評を招いたが、美術界や文学界からは激励され、注目を集めることとなった。1968年に張はテレビ局に入社、ニュース取材のほか、特別番組やドキュメンタリー映画の撮影に従事した。また、1974年にも、曾瀟灑(ゼン・シャオリー)と「撮影(写真)告別展」を行っている。二十数年ほど、精力的にドキュメンタリー映画やドラマ映画の撮影に関わった張は、1997年には国立台南芸術学院(現・国立台南芸術大学)の音楽映像ドキュメンタリー研究所の教授となり、後続の育成に力を注いだ。1998年には、第1回台湾国際ドキュメンタリービエンナーレの準備に関わっている。これまでに、金鐘賞、金馬賞、国家文芸賞および台湾にて最高栄誉とされる行政院文化賞などの重要な賞を受賞している。
台湾で生まれ育った張照堂は、日本の植民地支配、国民党による統治、党外運動(訳注:民進党誕生以前の台湾における民主化運動)、戒厳令解除や、総統直接選挙などの時代を生き抜いてきた。初めてカメラに触った中学校3年生の頃から、作品は特定のテーマに沿って計画的に撮影されてきたわけではないが、むしろ仕事のあいまをぬって気ままに撮り続けてきたことが却って、独特の写真スタイルをそこに定着させ、ともに歩んだ歳月と時代とを、はっきり映し出すようになった。これについて、評論家郭力昕(グォ・リーシー)は次のように述べている。「張照堂は極度に抑圧された苦悶の時代に生まれ育ち、そのような時代の雰囲気の中で最も優れた作品を生み出した。この時代の台湾の政治的空気は高圧的・粛殺的であり、写真文化は空白でないとしても非常に貧しいものであった。張照堂の写真芸術はそんな政治・文化的に鬱々とした状況にあって、孤高の澄み切った高音を響かせたのである。」
張照堂の作品は、中学校時代には直感的な純粋さをみせていたが、大学時代には、彼の近代文学や芸術への傾倒のために、当時の台湾社会の高圧的な政治や思想統制へと向き合い、内面の寂寥を表現し、荒寥とした外界への慰めとなった。この時期発表された白塗りの顔や、頭に被ったビニール袋、頭のない身体を写した作品などは、その後ますます、台湾近代写真の語法を転換させる重要な実践であったと見なされるようになった。兵役からの退役後マスコミでの仕事を始めた張照堂は、それ以降もファインダーをとおして、台湾社会の雰囲気や脈動に切迫する大量のシュルレアリスティックで不条理劇的な作品を、都市や路地、荒れた郊外や農村で撮影し続け、観る者を沈黙に導き、内省を促した。その後張はデジタル時代の到来に順応し、そのハイテクの利便性を用いて、写真表現の新しい可能性を追い求めた。先の「歳月照堂」回顧展で展示された《夢遊—遠行の前》と《台湾—原発事故後》のふたつの実験作品シリーズは、2005年にデジタルカメラを用い始めて以降、張がずっと取り組んでいるものである。
これまでの張照堂の作品についての論文や研究には、その作品スタイルを、当時の台湾の高圧的な統治や社会状況に身を置くことで生まれる精神性との関連について語るものが多い。独自の撮影眼をとおした、心理的で身体的、さらりとして飄々とした直感的な表現だと捉え、さらには現状に対するある種の超越を提言する予言だとする。しかしながら、張照堂が中学校時代に撮った「少年の心」シリーズの、大量で安定した表現と比べてみると、このくらいの年の少年が当たり前に持っている探究心や対象の凝視とは、明らかに異なっていることがわかる。彼が成し遂げたことは、時代の重圧と精錬の蓄積のみによるものとは言えないだろう。そこには幼少時より彼の身体の血の中に循環していた写真家としての豊かな素質と、含蓄に富む情感が、必ず影響していたはずだと思うのだ。
今回台湾文化センターで展示する23点の作品は、張照堂が1970年から1990年のあいだに撮影したものを中心に選び、社会の記憶と心象風景に焦点を当てた。これらは同時に、先に述べた展覧会の「歲月」と「旅」の意象から精選したものでもあり、作品がくぐり抜けて来た長い時間だけでなく、作家が基隆や台北、桃園、苗栗、新竹、嘉義、屏東、宜蘭、花蓮や澎湖などの各地を旅した足跡を辿るものともなっている。望安島の少女の表情や、遠くに臨む阿里山の日の出,鼻頭角港の傍で夕焼けを眺めながらのひとやすみ、占いの看板の前で揺れ動く人影、水辺で足をとめて遠くを見つめる人、電車の中で眠ったり気持ちよく目覚めたりする人々…。時にあわただしく、時にゆったりと、時に遠くを眺め、時に顔を隠し、時に奮起し、時に息を荒くする。我々は、近景の人物と周囲の物影という視覚に導かれるように、水平や垂直の雰囲気の変化の中で、あの蒼茫たる時代に立ち戻り、あの静謐な時空を再び体験する。張照堂の長い歳月をかけた旅の中で、絶え間なく置き去りにされ、また絶え間なく掬い上げられてきた無限の視野と、心を動かす物語を味わいながら。
テキスト/ 沈昭良(シェン・ジャオリャン)
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大胸筋が歩いてる!!!バズーカ岡田です!
今回はコンビニにおいてあるプロテインドリンクシリーズ最終回!
食べ物に悪者はない💪
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日本体育大学 体育学部 准教授
日本オリンピック委員会 強化スタッフ(柔道)
柔道全日本男子チーム 体力強化部門長
日本ボディビル&フィットネス連盟 選手強化委員
理学療法士
スポーツトレーナー
ボディビルダー
骨格筋評論家/バズーカ岡田
トレーニングは「心と身体を鍛えるもの」をポリシーに、トップアスリートから一般の方まで、さまざまなフィールドでそれぞれに適した身体づくりを提案・指導している。みずからも選手としてボディビル競技に挑みつつ、骨格筋評論家「バズーカ岡田」として多くのメディアに出演。ボディメイクやトレーニングに関する知識や経験を、万人にわかりやすく、かつ心に響かせるような言葉に変換する能力に長け「魂のトレーニング伝道師」とも呼ばれている。
1980年、愛知県出身。東京都立西高等学校 卒業、日本体育大学 体育学部 武道学科 柔道専攻 卒業、日本体育大学大学院 体育科学研究科 博士前期課程 健康科学スポーツ医科学系 修了(体育科学修士)、東京大学大学院 総合文化研究科 博士後期課程 生命環境科学系 単位取得満期退学。
主な保有資格は、理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー(以下、AT)、National Strength & Conditioning Association Certified Strength & Conditioning Spe-cialist (NSCA CSCS。トレーニング指導者の国際的ライセンス)、日本トレーニング指導者認定上級トレーニング指導者、柔道四段など。
総合病院、整形外科クリニックに勤務後、2007年4月より医療従事者、トレーニング指導者、ATの養成大学に着任。2016年4月より日本体育大学 体育学部 准教授に着任し、現在に至る。2018年4月より、日本体育大学大学院 体育科学研究科と保健医療学研究科の博士前期課程で、論文指導教員を担当。研究活動としては体幹筋群と腰痛、さらに筋肥大と減量を主なテーマとしている。また関連領域に関する著書も多数。
日本オリンピック委員会 強化スタッフ(柔道)、日本オリンピック委員会 科学サポート部門員、柔道全日本男子チーム 体力強化部門長を務めており、2016年8月リオデジャネイロオリンピックでは、史上初となる柔道男子全階級メダル制覇に貢献。
厳しいトレーニングと減量から成るボディビルは、身体だけでなく心も鍛え得る道として学生指導の核に掲げており、日本体育大学バーベルクラブの顧問を務めている。自身もウエイトトレーニングの実践者として 2014年にボディビル競技に初挑戦。デビュー戦の東京オープン選手権大会70kg級で優勝。16年には日本社会人選手権大会を制し、日本選手権大会には16年、17年に連続出場 している。
骨格筋評論家として「バズーカ岡田」の異名で『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ)を始めとしたテレビ、雑誌等多くのメディアで活躍中。『除脂肪メソッド』(ベースボール・マガジン社)『2週間で腹を割る!4分鬼筋トレ』(アチーブメント出版)『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(サンマーク出版)など、著書多数。累計100万部を突破している。
主な受賞歴
2017年12月9日 NSCA Japan 最優秀指導者賞
5月28日 日本トレーニング指導者協会 優秀トレーニング指導者表彰
2016年8月25日 文部科学省 スポーツ功労者顕彰
6月28日 文部科学省 スポーツ功労者顕彰
著書
『ビジネスパーソンのための筋肉革命 体と人生が変わる最強かつ最高のメソッド70』(KADOKAWA)
『マンガでわかる脂肪だけを狙って落とす!除脂肪ダイエット』(ナツメ社)
『新しい筋トレと栄養の教科書』(池田書店)
『除脂肪メソッド』(ベースボール・マガジン社)
『2週間で腹を割る!4分鬼筋トレ』(アチーブメント出版)
他
📺自己紹介動画
https://youtu.be/EyYUJfXdVrE
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楽曲提供:Audiostock https://audiostock.jp/
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#筋トレ #コンビニ #プロテインドリンク

豊富な経験 言い換え 在 まとめまとめの Youtube 的最佳解答
【まとめのまとめ】
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面接に行くと、店長を
名乗る男が登場。
見た目は… そうだな…
愛想の良い
ガチンコファイトクラブの
竹原って感じかな。
接客業の経験とPC知識が
そこそこ豊富だった俺は
そこを見こまれて面接時に
その場であっさりと採用決定。
店はオープン準備中らしく、
PCの
セッティングなどから始めていた。
数日後、
スタッフ顔合わせということで、
飲み会が開催された。
メンバーは男は店長含め3名。
女の子が5名くらい
(記憶が曖昧)
女の子は全員
「顔で選んだろ…」って
感じの面々だった。
■登場人物
・俺 :当時22歳。
キャバとかで下っ端黒服
やってそうと言われていた風貌。
・店長
:40代くらいの竹原
似の愛想のいいオッサン
・社長 :ホスト上がり
っぽい30代半ば
・男店員:30代半ばの
夜の仕事上がりだが見た目オッサン
・女店員A:マイ☆ボス
マイ☆ヒーローって
ドラマに出てた鉄仮面(香椎由宇)
似。
20歳
・女店員B:地方ローカル
番組でアイドル(?)やってる娘。
19歳
・女店員C:バリバリのギャル。
20歳
・女店員D:小西真奈美
似のお姉さん。
23歳
・女店員E:少し地味めな女の子。
19歳
俺は顔合わせの飲み会で
何故か店長と社長に
気に入られてしまった。
女の子達はワイワイ
キャーキャーいいながら
楽しんでいたが、
女店員A
(以下、鉄仮面)
は無口に淡々と日本酒を
飲み続けている様子が
印象的だった。
ひとまず、
顔合わせは無難に終了した。
それから3日後。
研修が行われ、オープンに
向けての準備が始まった。
俺は何故か、
研修にはほとんど参加せず、
店内のPCのセットアップ
業務を担当していた。
店内は一見、
普通のネットカフェのようだった…
が、しかし、PCの
セットアップをしていて、
明らかに怪しい点があった。
- 海外サーバーへの
接続で行われる
オンラインのバカラの存在。
-明らかに異色を放つこの
ソフトの存在。
怪しいとは思いつつも
セットアップを続ける俺。
そして研修の終盤に
差し掛かった時、
スタッフ全員を集めて
バカラの説明が始まった。
客から金を受け取り、
それを$ポイントにして
客にチャージ。
レートは1万円=80$
(店側が20%
手数料として差し引く)
客が帰る時に$を円に替えて渡す。
飲食物は無料。
ざっとこんな感じ。
どう考えても違法賭博です。
店長と社長の主張は
「賭場の開帳場所が
国外なので日本の
法律外だから合法」
という、阿呆な主張だった。
女の子達はヤバげな匂いに
ざわめき、
みんな口々に
「逃げたほうがよくない?」
「でも絶対
ヤクザ絡みだから怖いよ…」
などと影でビクついていた。
俺は金が貰えればいい
やってスタンスだったので
あまり気にしていなかったが、
謎に社長と店長に気に入ら
れてしまっていたので、
客との金のやり取りを行う
キャッシャー業務の担当に
なってしまっていた。
そして、時給は
1500円に設定され、
キャプテンという立場に
なっていた。
男店員はサブキャプテンになった。
勤務体制は早朝、夕方
、深夜の3交代制だったが、
俺の担当は早朝だった。
早朝のメンバーは俺、
鉄仮面、女店員B(ドル娘)
の3人。
早朝は客足が本当に無く、
基本はビラ配りが主な
業務となっていた。
社長は暇すぎて常に
Youtubeで動画を
見ていた印象しかない。
そして、アホなので、ビラ
配りに俺ら3人を派遣する有様。
店は社長以外、
「中に誰もいませんよ」
状態だった。
俺はハナっから真面目に
ビラ配りをする気なっしんぐ。
女の子達と一緒に煙草
吸いながら朝マックを
決め込むのが毎日の業務と
なっていた。
これで時給1500円…
ちょろいwww働き始めて
1ヶ月が過ぎようとしていた頃。
早朝の俺らは客と一度も
遭遇したことが無いまま
マックで女の子とだべっ
てるだけの生活だった。
そんなある日、女店員E(地味子)
が店に姿を現さなくなった。
地味子の時間帯は深夜で、
客の出入りはぼちぼちな
感じだったらしいが、
突然来なくなったことで
店長が慌てていた。
女店員D(コニたん)が
電話してみると、
「やっぱり違法だし店長も
社長もきっとヤクザだろうし、
もう行きたくない」
とのことだった。
この出来事から女の子達が
騒ぎ始め、
この後、大きく事が
動き出すことになった。
どきどき…
鉄仮面
「キャップ(俺)ちょっと
時間もらえませんか?」
俺「ん? なしたの?」鉄
仮面
「ちょっとみんなで話があるの…」
鉄仮面に呼ばれ、
いつものマックに行くと、
そこにはドル娘・コニたん
・女店員C(ギャル)がいた。
なんとなく要件は見えて
きたぞ…俺
「みんな集まってなんかあった?」
鉄仮面
「地味子が来なくなったでしょ?
それでみんなで相談した
んだけど…」
ギャル
「やっぱ違法な仕事はマズ
いって結論になってさー」
ドル娘
「給料は悪くないんだけどねぇ…」
コニたん「……」
やっぱこうなったか…
まぁ、いままでこういう
流れにならなかった方が
おかしかったよな…俺
「で、どうするの?」鉄
仮面
「警察に行こうと思う」…
だよなぁ…
給料良かったから
もうちょい粘れるかと思ったが、
女の子達を敵に回すのは
得策ではない。
俺は続けても良かったが、
このままだと、俺が残っ
ててもこいつらは警察に
行くのは間違いない。
そうなると俺も危険だ。
じゃあどうする?答えは一つ。
全面的に女の子側を
サポートして俺も一種の
ヤクザの被害者的な位置に
収まること。
…これでいこう。
俺
「わかった。
じゃあ、
これからどうしようか
慎重に相談して動こう。
ひとりでも勝手な行動を
取ると何が起こるか
わからんからね」
鉄仮面「うん。
キャップありがとう!」しかし、
女の子達の希望は割れた。
■鉄仮面・ドル娘
・これまでの給料はちゃんと欲しい
・警察に行って洗いざらい
告発したい■ギャル・コニたん
・ヤクザが怖いから給料は
もうどうでもいいからこれ
以上関わりたくないこの
どちらも実現させる方法は
無いかと考えた。
しかし、相手はヤクザ。
ヘタ打つと俺も危険…
ここは慎重に考えなければ
…ひとまず、
この場は俺預かりで解散
してもらった。
バカラはあかんわ
あれは身を滅ぼすわ
近づかないのが正解
まずはギャル・コニたんの
希望を叶える手段を考えた。
ただ単純に店に来なく
なるだけでいいのか…?
いや、短期間に地味子含め
3人も消えたら店長と
社長は警戒するだろう。
警戒されると次の行動が
取りづらくなる。
そうだ!
まずは連絡先もわからなく
するために、
面接時の履歴書を処分しよう!
幸い、
この手の書類の扱いは
かなり雑だったのは見てて
気づいていた。
恐らく、無くなっても
気づかないくらいの
レベルに…俺は店内の監視
カメラの死角を狙い、
履歴書を全て回収した。
そして、事務所のPCの
中に個人データが残され
てないかを確認。
パスワードが掛かってはいたが、
パスは社長の誕生日という、
なんともお馬鹿なオチだった。
そして全てをデタラメに
書き換えてやった。
ファイルの更新日から
バレないように、
ツールを使って更新日も
弄ってミッション完了。
てか、PCの
セキュリティが驚くほど
ザルだったのでお陰で
いろいろとやりやすかった。
女の子達を集め、まずは
個人情報の類の説明をした。
そして、ギャル・コニたんには
「俺が指示するまで、
勝手に来なくなったり
しないように」
と指示をした。
二人は不満そうにしていたが、
鉄仮面・ドル娘に説得されていた。
鉄仮面・ドル娘の目には
俺がスパイか何かのように
映っていたみたいで従順に
俺の指示に従うようになっていた。
この前やってた警察
24時で逮捕された人?
いや、あれとは違う。
こっちはオンラインカジノの店。
次に俺は
「これまでの給料は
ちゃんと欲しい」
という希望を叶えようと思った。
俺も金は貰えなきゃ困るので、
一番気合を入れたい部分だった。
おとなしく支払って
くれればいいが、
全員で辞めるタイミングで
店長らが逆ギレして
支払いを拒否する可能性も
視野に入れなくてはならない。
まずは無難にタイム
カードのコピーを取ることにした。
スタッフ全員分のタイム
カードをコピー。
簡単だった。
あとは辞めて金を貰い、
拒否されたら労働
基準局へのタレ込みをし、
警察へ行く流れで決まりだ。
そして、一番のクライマックス。
警察へのタレ込み
部分に関して動くことにした。
恐らく、
通報だけでは警察は動かない。
できるだけ証拠を
抑えなくてはならないと考えた。
隙をみて再びメインPCに突入。
USBメモリに入れた
FTPソフトを使って、
予め用意した偽名で登録
したレンタルサーバーへ
データをアップすることに成功。
そしてルーターのログを
クリアして簡単にだが痕跡を整理。
(そこまでしなくても
ザルだからどうせ
気づかないんだけど…)
それで入手したデータは
下記のものとなった。
・バカラのサーバーの契約
書類とIDとパスワード
・客との金のやり取りの記録
・カジノカフェとしての
利益の上げ方の仕組みメモ
大漁だった。
あらかた準備は整ったので、
さっそく行動に。
女の子達を集め、
先頭に立ち、店長と社長に
辞める意志を伝えた。
俺
「ちょっとお話があるんで
よろしいですか?」
場の空気から何かを
読み取ったのか、
普段愛想の良かった店長の
表情がみるみると変貌。
威圧的に睨んでくる。
店長「なんだ?」俺
「この店で行ってる行為は
違法賭博にあたります。
もしも摘発されるような
流れになれば僕らも被害を
受けかねません。
そうなる前に僕らは退職さ
せて頂きたいと思っています」
店長「ほう…」
全員を睨みつける店長。
俺の方を見て店長
「こいつら全員辞めんのか?
お前の入れ知恵なのか?」
ガクブル状態な女の子達。
…と、俺。
俺
「みんなで相談した結果です。
(俺はどっちでも
よかったのになぁ…gkbr)」
店長
「…おう。
わかった。
でも給料は払わねぇぞ」
ほれきた…
想定通り。
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豊富な経験 言い換え 在 ポン酢パスタ-PonzuGames- Youtube 的最讚貼文
PS4版スパイダーマンの動画です。
攻略、検証、企画、裏技を中心に投稿していきます。
ご視聴ありがとうございます。
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音楽
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【ストーリー】
ニューヨークを拠点に活動していたヴィラン(スーパーパワーをもった凶悪犯)「キングピン」ことフィスクが逮捕された。
長年、自らの私生活を犠牲にスパイダーマンとしてヒーロー活動を続けてきたピーター・パーカーは、街が平和を取り戻したこの機会に、一人の青年として平凡な生活に戻ることを望む。
しかし平穏は長くは続かなかった。ニューヨーク市民から信頼されていた慈善活動家、マーティン・リーが、突如として「ミスター・ネガティブ」を名乗り、ギャング集団「インナー・デーモン」を率いて街を襲い始めたのだ。
ピーターは、愛する人々を守るために凶悪な敵に立ち向かうことを決意する。しかし、敵はミスター・ネガティブだけではない。スパイダーマンに恨みを持つショッカー、エレクトロ、ライノ、バルチャー、スコーピオンら数々のヴィランがピーターの前に立ち塞がる。
果たしてピーターは強敵たちを退け、ニューヨークの街を守ることができるのか。
【キャラクター】
スパイダーマン(ピーター・パーカー)
ある出来事をきっかけにスーパーパワーを身につけ、スパイダーマンとなった青年ピーター・パーカー。優秀な科学者でもあるピーターは、自作のスーツと装備とともに、正体を隠しながら数々のヴィラン(スーパーパワーをもった凶悪犯)と戦っている。 本作では、スパイダーマンとなり、犯罪との戦いを始めて8年目。経験豊富なヒーローとして、ゲーム序盤から多彩なスーパーパワーを発揮し、活躍している。
ミスター・ネガティブ
ミスター・ネガティブは引き裂かれた自我を持つ男だ。ニューヨーク市民の間では「マーティン・リー」として知られている、尊敬を集めるビジネスマン兼慈善事業家で、高名なF.E.A.S.T.シェルターの創始者でもある。 だが、その裏の顔は、犯罪界で急速に頭角を現す犯罪組織のボス「ミスター・ネガティブ」であり、恐るべき犯罪集団「デーモン」を手足として使い、邪魔者を全て破壊する闇のエネルギーを操る。ミスター・ネガティブは、ニューヨーク市当局のある高官が自らの呪われた運命の元凶だと信じており、その人物への復讐を果たすためにニューヨーク市を震撼させる恐るべき犯罪計画の実行に乗り出す。
キングピン
ウィルソン・フィスクは、表向き、著名な慈善事業家であり、合法的ビジネスマンとしての顔を持つが、裏ではニューヨーク市最大の犯罪組織に君臨する「キングピン」として恐れられている。
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エレクトロ
「エレクトロ」ことマックス・ディロンは、電気を自在に操る能力を手に入れただけでは飽き足らず、大きな望みを抱くようになった。自らが理想とする「純粋なエネルギー体」へと進化することだ。そのゆがんだ望みをかなえるために邪悪なリーダーの助力を求めたエレクトロは、ニューヨーク市でも最高の権力者のひとりを失脚させるべく活動することになる。
ライノ
人造皮膚によって超人的な強さを与えられたアレクセイ・シツェビッチは、鎧のような防護スーツと「ライノ」としての悪評とを脱ぎ捨てたいと願ってきた。その願いを叶えてくれる邪悪な人物と出会ったライノは、ラフト刑務所から解放される。だがもちろん、その返礼としてニューヨーク市で権勢を振るう、ある人物を破滅させなくてはならない。
スコーピオン
狂乱の男マック・ガーガンは、数年にわたってラフト刑務所で厳重に収監されていた。自由の身となった彼は「スコーピオン」としてスパイダーマンとの因縁に決着を付けようとする。犯罪歴の消去と引き換えに、スコーピオンは自らの恐るべき毒針でスパイダーマンを打ち倒そうと決意している。
バルチャー
「バルチャー」は、ピーター・パーカーが初めてウェブ・スリングを使い始めたころから、凶悪な飛行スーツでスパイダーマンを苦しめてきた。現在、エイドリアン・トゥームスはスーツの使用が原因の脊髄ガンに苦しんでいる。極めて邪悪なあるヴィランが、エイドリアンの命を救い、ラフト刑務所からも解放する計画を考えだした。ニューヨーク市を象徴するある人物への復讐がその条件だ。
ショッカー
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デーモン
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